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九州急行フェリー  おりおん/ぺがさす 復刻2007 03 11

九州急行フェリー  おりおん/ぺがさす 復刻2007 03 11



Photo 大洋フェリー 「おりおん」 「ぺがさす」  そのまま九州急行フェリー 「おりおん」 「ぺがさす」 となる。

1979年(昭和54年) 11月
「荷主限定貨物フェリー」 として東京~苅田航路を運航していた、オレンジファンネル系列の九州急行フェリーは、同じオレンジファンネルのフジフェリーから、東京~松阪間の旅客フェリー営業権を取得して、東京~松阪~苅田航路として松阪寄港を開始した。

一般旅客の取扱いは東京~松阪間のみで、首都圏側の発着港が追浜ではなく、まだ東京港フェリー埠頭であった。

当初は 「ぺがさす」 が寄港していたが、「おりおん」 が寄港することもあった、
九州急行フェリーとして営業を開始した当初から、就航船は元大洋フェリー大阪~苅田航路に就航していた、「おりおん」 「ぺがさす」 であった。

実はこの 「おりおん」、フジフェリー時代から東京~松阪間に就航していた。
1978年(昭和53年)3月、「しま丸」を関西汽船に傭船 (後売却) したのに続き、11月には 「いせ丸」 を日本カーフェリーに売却した穴埋めに、大洋フェリーから 「おりおん」 を傭船して使用していた。
フジフェリー 「おりおん」 ということ。


「おりおん ぺがさす」 と 「いせ丸 しま丸」 は略同型船で4隻とも林兼下関で建造されたが、船首展望サロンの有無と客室配置が多少異なっていた。
従って、フジフェリーから九州急行フェリーに移管されても、当初は就航船が 「ぺがさす」 に変わった程度で、実質的な変化はなかった。
 
が、「九州急行フェリー」 という船社を制覇できたことが、何ものにも勝る収穫であった。
 
1981年(昭和56年)3月、松坂寄港が中止されて以後松阪港へは、26年間長距離フェリーが寄港していない。
 
 
 
 
日本沿海フェリー㈱ 東京~苫小牧航路 貨物フェリー (川崎近海汽船と共同運航) の 「とうきょう丸」 「とまこまい丸」 が、当初九州急行フェリー㈱ 東京~苅田航路 就航船として建造が開始された。
その後、免許下付の見通しが立たない為、建造途次用途変更、オレンジファンネル系列の日本沿海フェリーが取得することとなった。
オーシャン東九フェリーの小倉と苅田が至近で競合することが、大きな要因となったようだ。
 
 
 




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