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戦後 走り去った貨客船たち 琉球海運 ひめゆり丸 復刻2007 06 29

戦後 走り去った貨客船たち 琉球海運 ひめゆり丸 復刻2007 06 29




Photoひめゆり丸
 
 
ひめゆり丸  (2,640屯 昭和38年 尾道造船)
 
1967年(昭和42年)7月、復帰前米軍統治下の沖縄那覇から東京へ定期航路が開設された。
東京港発着場所は、検疫、通関、イミグレーション等国際ターミナルとしての機能を有していた晴海埠頭の旧旅客ターミナル、沖縄へはパスポートが必要とされていた。
 
運航頻度は1便/6~7日、概ね月4便から5便程度。
 
 
 
 
 
 
 
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AUTHOR: ポンポン船の船長
DATE: 06/29/2007 06:34:31
TITLE: おはようございます。

一昨日、ひめゆり丸なのかとうきょう丸なのか不明ですが、東京に就職が決まりいずれかの船で沖縄から東京に来る時に乗った方と会っていました。 もう2~3年前からのお付き合いですが最初会った時に出身が沖縄と聞き年齢から察して、この船の事を聞きいてみましたら東京への就職と他に数回乗った事があったそうです。船底の2等での移動と良く揺れた事、当時は集団就職などのご用達船で時期になれば、船内大騒ぎだったとか、、、そんな記憶が残っていると言ってました。
就航時から20年位過ぎた頃に船より飛行機の運賃が安くなるとは当時の乗客の誰もが想像していなかったでしょうね。
しかしいつもても綺麗な船ですね、、、と思うのは私だけでしょうか。


********** コメント **********
AUTHOR: 定期船
DATE: 06/29/2007 07:12:26
TITLE: ポンポン船の船長さん
  
おはようございます。
この船のやって来た先に故郷があるわけですか。
ある意味羨ましいです。
 
東京晴海埠頭の旧ターミナルも、微かに記憶されておられるのではないかと思います。
琉球海運と大島運輸がここから発着していましたが、本土の人間にとって沖縄は遠くにある憧れの地でした。
 
いまでも東京~那覇間約1,700キロが国内定期航路の、最長距離ルートであり続けています。
が、船が好きではないフツーの方にとっては、逆に船底での長時間は苦痛であったことと想像できます。
 
船と飛行機、見事なまでに逆転してしまいました。
琉球海運の東京撤退も致し方ないとはいえ、悲しいことです。
それでも 「琉球海運」 という会社が存在し続けていることだけでも、有難いことなのかも知れませんです。

東京航路の就航船は、開設当初が 「ひめゆり丸」 「おとひめ丸」 の2隻が入れ替りで、その後 「なは丸」 「とうきょう丸」 と続きました。





 
 
 
 

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