釜関フェリー 銀河 (ウンハ EUNHA) 復刻2007 07 30
釜関フェリー 銀河 (ウンハ EUNHA) 復刻2007 07 30
銀河 ウンハ
船名 : 銀河 ( ウンハ EUNHA )
総トン数 : 10,729トン
主要寸法 : 全長135.5m 型幅22.0m 型深12.6m
主機関 : ディーゼル 8,000PS×2基
航海速力 : 20.5ノット
旅客定員 : 500名
竣工 : 1973年 (昭和48年)
建造所 : 神田造船所
航路 : 釜山~広島
のりば : 広島国際フェリーポート 宇品港から徒歩10分
広島港代理店 山九㈱ 広島支店
【来歴】
1973年4月 西日本フェリー 「はかた」 5,748屯
1975年3月 阪九フェリー 「第十七阪九」
1984年8月 関釜フェリー 「フェリー関釜」(3代)
1999年2月 釜関フェリー 「フェリー釜関」 関釜航路
2002年10月 〃 「銀河」 改名 広島航路
2004年7月 運休
【運航ダイヤ】
釜山港発17:00 → 広島港着09:30 (翌日)
釜山発 月・水・金曜日
広島港発17:00 → 釜山港着09:30 (翌日)
広島発 日・火・木曜日
【旅客運賃】
※広島購入
特等室 ¥20,500
1等A室 ¥14,500
1等B室 ¥12,500
2等室 ¥11,000
広島港ターミナル施設使用料(¥500)
※釜山購入
特等室 W180,000
1等A室 W125,000
1等B室 W110,000
2等室 W95,000
釜山港ターミナル施設使用料(W1,200)
********** コメント **********
AUTHOR: ふねきち
DATE: 07/30/2007 10:31:04
これまた懐かしいですね。
苅田港で大洋フェリーのさんふらわあと並んで停泊していた事を思い出します。
ちょっと気になるのですが・・・。
西日本フェリー 「つくし」 5,642トン
阪九フェリー 「第十六阪九」
釜関フェリー 「フェリー釜関」
「銀河」
「銀河」は、だったら「フェリー釜関」の前に「フェリー関釜」だった時期がある方ですね。
西日本フェリー→阪九フェリー→関釜フェリー→釜関フェリー(下関航路)→広島航路だったと思います。
「はまゆう」が就航時に、当時のフェリー関釜がリニュアルしてフェリー釜関になったと記憶しています。
その時の、フェリー釜関は引退していたと・・・。
違っていたかな?
********** コメント **********
AUTHOR: 定期船
DATE: 07/30/2007 11:25:12
TITLE: 一部記事訂正します
西日本フェリー「つくし」
阪九フェリー「第十六阪九」
関釜フェリー「フェリー関釜」(2代)
阪九フェリー「希望丸」
西日本フェリー「はかた」
阪九フェリー「第十七阪九」
関釜フェリー「フェリー関釜」(3代)
釜関フェリー「フェリー釜関」
同 「銀河」
ふねきちさんの記述が正しいものです。
********** コメント **********
AUTHOR: ポンポン船の船長
DATE: 07/30/2007 19:45:11
TITLE: こんばんわ
定期船さんもさる事ながら、ふねきちさんも凄いですね^^; 広島~釜山航路就航は何かの記事で目にした事がありますが、私が知人に口にし、この船の事を聞く頃には廃止になっていたような、、、、日本と釜山の航路はありすぎじゃなですかね? 興味ない国なので、どうでもいんですが。
実は87年に下関から釜山の往復に乗った事があります。仕事がらみだったのですが、行きは釜関フェリーで乗った瞬間、特有のニンニクを食べた後の息きが船内充満中な感じの匂いで頭クラクラになりデッキの外に出たり部屋に閉じこもったりで大変でした。船内食堂で、おばさんに「兄ちゃん重いんで、酒を持って降りてくれる?」と聞かれ、老婆だったので大変だと思って手伝えば、後で分かった事ですが、なんと行商のおばさんだったんです。 私含め数人の人達が、そのおばさんに上手く使われたみたいでいした(1人の酒も持ち込み制限があるため老婆に上手く利用されただけです。)船を降りた時に、酒の袋を手に取りさっさと消えて行きましたが、も~最悪の思いです。これまた後に分かった事ですが、この船はそんな行商のおばんさ達のご用達の船だそうです。確かに2等室を歩いた時に車座になった、おばさん達が沢山いました、世間知らない頃なので、おばさんの団体旅行と思ったましたが、その頃は私みたいに、おバカな人達が沢山いた事でしょう。帰りの関釜フェリーの日本人パーサーに、その事を聞いたらソレは「ご法度ですから」との事で、船外でも見つかれば大変でしたよと注意を受けました。 帰りは関釜フェリーだったので部屋や船内も小奇麗で、部屋もカーペットの部屋に背の低いベットが2台で、椅子はなくベタ座スタイルの船内で文句なかったのですが、同伴者がこれまた、馬の合わない人で、行きも帰りもとにかく、二度と乗りたくない船といいますか、乗りたくない航路となりました。
いずれも近距離国際航路にしては色々な人の思いを乗せて走った船だった気がします。
そんな訳ですが、私が乗った87年当時は、もしかしたらこの船だったかもしれませんね。
いずれも、中国、韓国で日本の中古船が今も頑張っているようですが、中国、韓国航路は、苦手ですね。
今日は久しぶりに書いたので長くなってしまいました。
********** コメント **********
AUTHOR: 定期船
DATE: 07/30/2007 20:36:52
TITLE: ポンポン船の船長さん
しばらくでした。
ふねきちさん、博多在住の有名なお方です。
一度、ふねきちさんのサイト 「フェリー・旅客船・貨物船・港のページ」 も訪ねてみて下さい。
ご存知でしたら、悪しからず。
時折、フェリーのDVDの監修なども、なさっています。
釜山と日本各地を結ぶフェリールートは、これからもドンドン登場します。
いずれも韓国系船社によるものです。
韓国人の往来が活発で、ペイ出来るようですね。
計画中の 「佐世保~釜山」 高速は、九州西岸へ始めてのルートになるのでしょうか。
「ハウステンボス」 への直接乗り入れは、出入国管理、税関、検疫などの手続き的な面から無理だったようで、佐世保港になるようです。
87年の「フェリー釜関」でしたら、この船に間違いありません。
ニンニク臭には困ったものでして、現在の名門大洋フェリーなどでも、韓国の団体客が乗船している時には、船内騒然、匂いプンプンです。
脱法行為、今でも後を絶ちません。
下関ターミナルで乗船待ちをしていると、必ず中年の婦人が声をかけてきます。
免税店で買ったものを乗船口手前で渡してくれと。
現在は関釜フェリー「はまゆう」、釜関フェリー「星希」、いずれも新しくなっています。
1等2人室をチャージを払って1人利用できますので、格段に改善されています。
博多発のカメリアラインの方が、多少豪華かも知れませんです。
今後、利用されるようなことが、万一にでもおありでしたら、個室1人利用で、干渉されない船旅を楽しまれて下さい。
« 愛媛阪神フェリー おくどうご3 復刻2007 04 21 | トップページ | 小型客船28隻組 関西汽船 さくら丸 »
「国際フェリー 釜関フェリー 銀河 (ウンハ EUNHA) 復刻」カテゴリの記事
- 釜関フェリー 銀河 (ウンハ EUNHA) 復刻2007 07 30(2012.06.04)
最近のコメント