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淡路フェリーボート やえしほ丸 復刻2007 11 02

淡路フェリーボート やえしほ丸 復刻2007 11 02
 
 
 
Photoやえしお丸
 

船名 : やえしほ丸
総トン数 : 1,807トン
主要寸法: 全長71.5m 型幅12.4m 型深4.8m
主機関 : ディーゼル 1,900PS×2基
航海速力 : 14.0ノット
船客定員 : 350名
竣工 : 1970年(昭和45年) 
     1985年(昭和60年) クルーズ船改造
建造所 : 三菱下関

航路 : 阿那賀~亀浦


改造後航路 : 明石海峡大橋周遊クルーズ
クルーズ船就航に際して客室拡大と、主機換装などの大改造が施されている。







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AUTHOR: のりのり
DATE: 11/05/2007 22:37:52
TITLE: 懐かしいですね
   
うちの母親が淡路島出身で、帰省する時は必ず淡路フェリーで帰ってました。
大鳴門橋が開通して以来、お盆や正月などは乗船までに3~5時間待ちが当たり前。
たった45分間の乗船時間なのに。
そんな時、必ず臨時船として往復運行してましたね。
私も2回ほど乗船しましたが、この短距離フェリーでエスカレーターが付いていたのには驚きました。
閑散期などは阪神高速からハーバーランドの岸壁に係船されているのをよく見かけましたね。
とにかく運良く乗船できた時はめっちゃ嬉しかったですね。
小学生の頃を思い出しました。


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AUTHOR: 定期船
DATE: 11/06/2007 00:06:34
TITLE: 思い出を懐かしむ
   
一助にしていただければ幸いです。

淡路フェリーボートといえば、須磨~大磯航路の 「英鶴丸」 「茂鶴丸」 など 「○鶴丸」 という船名が知れ渡っていますが、阿那賀~亀浦航路の存在も忘れないで欲しいものです。
 

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AUTHOR: のりのり
DATE: 11/06/2007 02:50:55
TITLE: そうですね。
   
阿那賀~亀浦航路もありましたね。
大鳴門橋ができるまでは、うずしおラインから並んでいることも多々ありました。
田舎が阿那賀だったこともあり、あの賑わっていた頃が懐かしい。
大鳴門橋ができてからというもの、阿那賀の町はめっきりさびれてしまいました。
フェリー乗り場の食堂や売店はつぶれ、フェリーが小型化した頃は食堂跡が事務所(発券売場)になっていました。
そんな阿那賀・亀浦航路も平成8年に廃止になってしまいました。
この時はほんと悲しかったです。

私には今でも忘れられない思い出があります。
それは小学5年生の時、当時小型化した淡路フェリーに乗用車で乗船した時の事です。
その時の乗客は私の家族だけ。
まさにうずしおを見ながらのチャータークルージングでした。
そして亀浦港に着く直前、フェリーの作業員の方が、「ぼくらは何で橋を渡らんの?」と聞いてこられたのです。
私は「橋はすぐに着くからつまらん」と答えました。
そうしたら作業員の方が「そうやろそうやろ」と笑いながら答えてくれた姿が今でも忘れられません。

その後、明石海峡大橋ができ、須磨・大磯航路も廃止になりました。
そして甲子園フェリーも消えていきました。

昔は淡路に帰省する際は、選択肢がたくさんありました。
甲子園フェリーに乗れた時は少々リッチな気分になれました。
でも、コストパフォーマンス的には淡路フェリーが一番でした。

橋ができ陸続きになり便利にはなりましたが、やっぱ島には船でいかなきゃ。
そうつくづく感じます。

長々と申し訳ありませんでした。


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AUTHOR: 定期船
DATE: 11/06/2007 05:37:08
TITLE: 地元の方ならでは
 
>甲子園フェリーに乗れた時は少々リッチな気分になれました。

なるほど、そういう事は良く理解出来ます。
地元で頻繁に乗船する場合は、少しのことでも優劣がつきますからね。

橋が出来たといっても、淡路島と大阪泉南地区を結ぶフェリーは、絶対に必要だと思っていましたが、南海ラインも廃止されてしまいました。
不便になった例ではないでしょうか。


********** コメント ********** **********
AUTHOR: 1ファン
DATE: 01/14/2008 03:17:56
TITLE: 懐かしい
  
私も両親共に洲本出身なのでよく利用してました。
明石の公団フェリーも好きだったけど、いちど濃霧のせいで欠航になってしまい、夜の遅くに港まで行きながら乗れなかったことがありました。
急いで須磨まで戻ってみると「出る」というので乗り込んだら、大磯の手前で濃霧にはまり込んでしまい、舳先にワッチが3人立って波も立たないような速度で無事入港したことがありました。

霧の中から大磯港の灯台がぬっと現れたときは驚きました。
阿那賀のフェリーは廃止前に乗り納めをしておこうと行ってみてビックリ。
どこから持ってきたのか300トン位のバックで下船しなくてはならない小さな船でした。
冬の強い北風で左に大きく傾いだまま、亀浦までが遠かったこと。
深日から炬口を結んでいた大阪湾フェリーも懐かしいですね。


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AUTHOR: 定期船
DATE: 01/14/2008 14:50:56
TITLE: 霧中航行は大型船での
 
経験しかありませんが、ワッチ3人とはリアルですね。
津名移転前の炬口港、知る人は少なくなりました。

須磨~大磯、阿那賀~亀浦、2ルートがセットと考えられていました。
道路公団の航路というのも懐かしいです。


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AUTHOR: 1ファン
DATE: 01/14/2008 20:14:52
TITLE: 公団カラー
  
明石のオレンジ色が好きでした。そういえば国道九四フェリーも公団時代はオレンジじゃなかったでしょうか。ずいぶん昔のことではっきりとは思い出せませんが。
  

********** コメント ********** **********
AUTHOR:
DATE: 06/27/2008 21:20:14

徳島から神戸に行くときにいつも利用していました。
♪フェリーで走ればラララ心もはずむ
京阪神へ一直線!海のハイウェイ 淡路フェリー
淡路フェリ~♪
いまでも歌えます。







                     

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