照国郵船 クイーンコーラル (初代) 復刻2007 05 07
照国郵船 クイーンコーラル (初代) 復刻2007 05 07
クイーンコーラル初代
船名 : クイーンコーラル
総トン数 : 6,386屯
主要寸法 : 全長128.5m 型幅17.4m 吃水5.2m
主機関 : ディーゼル 18,000PS
航海速力 : 23ノット (最高)24.15ノット
旅客定員 : 861名
竣工 : 1972年(昭和47年)6月
建造所 : 林兼船渠 長崎造船所
同型船 : なし
航路 : 鹿児島~奄美大島(名瀬)~徳之島~沖永良部島~与論島~那覇
1972年(昭和47年)、それまでの旅客船航路が本船の就航によりフェリー化される。
当初は与論島茶花港までの奄美航路であったが、同年12月に沖縄那覇港まで延伸された。
僚船の 「クイーンコーラル2」 が就航するまでには更に3年を要し、1975年(昭和50年)4月になった。
「クイーンコーラル」 を冠した船名のフェリーは、これまでに6隻建造されたが、本船など当初2隻は、コンテナ貨物を搭載できない旅客型フェリーであった。
1986年(昭和61年)10月 係船
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AUTHOR: ポンポン船の船長
DATE: 05/07/2007 20:11:14
TITLE: こんばんわ
凄い速度で更新されているんですね、びっくりですが、読む方にとってみれば嬉しいことです。またまたおじゃましました。
クイーンコーラルも懐かしい船ですね、確か今とはまた違った風合いで離島ブームが起こり鹿児島~沖縄航路を急激に大型化した船と聞いています。
友達がそのブームに乗って広島~日本カーフェリー~日向==普通列車==鹿児島~照国クイーンコーラル~沖縄に乗った時の話を聞いた事があります。
当時としては豪華な船内だったらしのですが客層があまりにローカルで船の雰囲気についていかなかったとか、2等室では、あっちこっちで酒盛りムードだったらしいです。
私も縁あって鹿児島港に横付けされている時に目にした事がありますが、ライトブルーの綺麗な船で、クイーンエリザベスをイメージして建造されたんじゃなかったでしたっけ? 写真の船は建造当時の写真ですね。
この船が就航後、生活路線の船としては当時豪華?で後にプールは撤去させられたそうです。
その後、私もこの船が(船名は忘れました)関西汽船に転売され瀬戸内航路に就航した時に偶然乗った事がありますが、その時の事が殆ど記憶になく、混んでいたからか船内が狭くて暗いイメージあります。
ただ関西汽船のカラーより照国郵船のカラーの方が綺麗に写る船だった記憶は今だにあります。
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AUTHOR: 定期船
:DATE: 05/07/2007 21:01:30
TITLE: ポンポン船の船長さんへ
ポンポン船の船長さん、懐かしい思い出話を有難うございます。
長距離フェリー第一世代船を知る方が、少なくなっていますので、こちらの記事に反応して頂けること、嬉しく思っております。
これからもどしどし、思い出話などをお聞かせ下さいまし。
長距離フェリーの揺籃期、中堅海運会社「照国海運」が系列子会社「日本高速フェリー」を設立して、怒涛の「さんふらわあ」5姉妹をデビューさせましたが。
この延長線上で更にもうひとつ、「照国郵船」に「クイーンコーラル」「クイーンコーラル2」の、豪華フェリー2姉妹を登場させたことも、何ら不思議がないことがお分かりかと思います。
「さんふらわあ」は時代をリードしたといっても過言ではなかったものの、「クイーンコーラル」はローカル航路で乖離があった感は否めませんですね。
ファンネルマークは日本高速フェリーが、照国海運社長中川氏の姓「中川」をデザインした、いわゆる「中川マーク」であったこと、お気づきでしたか。
「さんふらわあ」はその後幾多の変遷を遂げる中で、ファンネルマークも刻々と塗り換えられましたが、初期の「中川マーク」を塗られた「さんふらわあ」こそが、純粋の「さんふらわあ」であるとして、一線を画すファンは今も多いですね。
関西汽船に移籍したのは「クイーンコーラル2」の方で、移籍後は「くいーんふらわあ2」と命名されて別府航路を走りました。
まあ、オーナーは「来島どっく」で、関西汽船には用船に出されたことでしたが。
やはり最初の船体塗装が最も似合いますね。
塗装を変えて変わり映えした例は、ありませんですね。
これからも宜しく。
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